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少し深く、チョット元気に
by mrmina1 カテゴリ
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2007年 03月 09日
先月、キャリアカウンセラー資格取得の1次試験があった。
実は1月から胃腸の調子が思わしくなく、 急遽、胃カメラを飲むことになったのが試験翌日。 試験どころじゃないよ~~~と思いながら臨んだ1次試験は ・選択記述式問題(50問) ・筆記試験 この2つが行われた。 両方あわせて100点満点、合格ラインは70点とのこと。 当日の試験は、裏をかかれたような問題が多くて、チョットげんなりした。 自分が出来なかったこともあるから、余計に、だ。 でも、無事、1次は通過することができた。 やっぱり、それはそれで嬉しいもの。 そろそろ2次が待っている。 2次はロールプレイだ。 20分で何をどう判断されるか微妙だが、 何とか通過して、ひとまず「肩書き」だけでも手に入れたいと思っている。 2007年 02月 28日
キャリアカウンセリングの勉強を通して学んだ「傾聴(けいちょう)」。
これはカウンセリングの技法のひとつだが、 簡単に言えば、まさに(相手に)耳を傾けて聴きいれる、ということである。 もちろん、これは簡単なことではない。 そこがカウンセラーか友人か、分かれ目なのでは?と思うほどだ。 しかし、この傾聴は、一番の効果は話し手がさまざまなことに「気づく」ことだ・・・ と私は思う。 聞いてもらうことの安心感は大前提だが、 話しているうちに、自分の話す内容を自分でも聞き入れるため、 「あぁ、そうだったのか」と改めて気づくことがたくさんある。 そうして、悩みを自分で確認し、受け入れて、 何とかしようという気持ちになるのである。 傾聴は確かにカウンセリングの技法であるが、 相手に自分自身を気づかせるための技法でもある。 言うは易し、行なうは難し、であるけれども。 2006年 11月 12日
career
大方の辞書には「職歴・履歴・経歴」と訳されている。 キャリアとはフランス語の「キャリエール」から端を発しているそうだが、 このキャリエールという言葉には 1.轍(わだち) 2.競馬場 そんな意味があるそうだ。 轍といえば、よく人生に例えられたりする言葉。 これまで歩んできた道筋や長さを表現する時に使われることもある。 そして競馬場。 一見、ただの円形のレース場であるが、 スタートがあり、そしてゴールがちゃんと設定されている。 つまり、キャリアというのは、 「人生や特定の職業において、目標に向かって進んでいく姿」 というのである。 これまでは「キャリア=仕事」という狭義で使われることが多かったが、近年では ライフキャリア(人生) ワークキャリア(仕事) この2つをあわせてキャリアと呼ぶことが増えている。 そして、これら2つのことを抱えながら、 その人の目指す方向へとサポートするのが キャリアカウンセラーの役目となるのである。 2006年 11月 12日
10月からキャリアカウンセラー講座を受けている。
来年2月には試験があるので、復習がてらブログにその内容を掲載してみようかと思う。 まずは、「今」がどのような時代にあるのか、そこから講座は始まった。 まぁ、聞けば聞くほど何だか切なくなることばかり。 【時代背景】 三大変革期と呼ばれる、その3つめに当たる。 1.明治維新→徳川幕府の崩壊 廃藩置県や文明開化など、新しい時代の幕開けとされる 2.第2次世界大戦→敗戦を受け、それまでの全体主義から民主主義へ国全体が方向転換 3.そして今・・・・・ 【なぜ今が変革期なのか】世界でも類を見ない速さで少子高齢化が進み、 それまで日本経済を支えてきた「三種の神器」が崩壊する。 【日本経営の三種の神器の崩壊】 1.年功序列→成果主義へ 2.終身雇用→労働の流動化(雇用形態の多様化) 3.企業別労働組合→組合の解体 このような背景を反映するかのように ・高い失業率(平均4%超) ・1996年以降自殺者は毎年3万人超(今年は低い?)ex.交通事故死者は7000人 →特に中高年(50代)の自殺者数は深刻 ・リストラうつ病、30代のうつ病をはじめメンタルヘルスケアが急務 といった事情がある。 ちなみに、どのくらい少子化で、どのくらい高齢化かというと。。 女性が一生のうちに出産する子供の数を「合計特殊出生率」というが、 この数が「2.07人」であれば、人口は保たれるという。 ところが、2005年に厚生労働省が発表した出生率は1.25。 いかに子供が減っているかがわかる。 ただし、最近は婚姻数の増加とともに紀子さま出産などの影響もあり、 若干だが出産数は増えていると聞く。 そして高齢化。 65歳以上の総人口に対する割合が、 2000年は1/6だったのに対し、 2005年には1/5、 2015年には1/4まで進むという。 あと10年もしないうちに、4人に1人は65歳という国になっていくのである。 恐るべし、ニッポン。。。。 2006年 06月 13日
と言えば、平家物語の冒頭文。
祇園精舎の鐘の音、、で始まるこの一説は、学校でも嫌というほど暗記させられた部分だ。 ところが、最近になって、私が学んできた解釈は実は間違っていた、 ということが判明した。。 大ブームが去って、やっと読み始めた「バカの壁」を読んで「あれ?」と思ったのである。 私はずっと、こう思っていた。 「世の中の事、万物のものは常ではない」 つまり、あらゆることは絶えず動いて流れていくものである。。。。と。 で、おごれるものは、、、と続いていくのだと思っていた。 しかし、バカの壁にはこう書いてあった。 「鐘の音は物理学的に考えれば、いつも同じように響く。 しかし、それが何故、その時々で違って聞こえてくるのか。 それは、人間がひたすら変わっているからです。」 つまり、変わるのは人であって、世の中のこと、万物ではない、というのである。 むむむぅ。 これは目からウロコの出来事である。 もちろん、その前後の文章を読めば、その解釈も納得なのだが。 人はどうしても人間中心にモノを考えてしまうけど、 こうしてチョット視点や立場を変えることによって、 ものの捉え方は如何様にも変わるのだ。 古典を読み直してみるのも、面白そうである。 2006年 05月 31日
ずっと前に、
背中の油を取り過ぎると、風邪をひきやすくなる そんなことを言われた。 つまり、背中を洗いすぎてはいけない、ということだった。 それを聞いた私は、妙に頭にその言葉がこびりついて、 以来、あんまりゴシゴシ背中を洗わないようにしている。。 もちろん、風邪もひいている(ーー;) ただ、風邪をひいて寝込むということは、ほとんどない。 実際のところは、よくわからない。 ポイントは「妙に自分の頭に残っている」ということ。 本能に従うべし、、といったこともあるんだろうと思うのだ。 2006年 05月 27日
私が、キャリアについて考えるようになったのは、
自分が勤めていた会社で「結婚・出産」する女性は仕事を続けられない、、、 という事実を目の当たりにしたことも大きなきっかけの一つである。 最近は、2007年の団塊世代の退職問題もあって、 女性の雇用を促進したり、女性が働きやすい環境を整える会社も増えたようだけど、 そんなのは多分、大きな会社だったりする。 友人が言っていたけど、女性の給与の格差もかなり激しいようで、 年収200万以下の正社員が半分以上もいると聞いた。 もちろん、年収だけではその人のキャリアは測れない。 でも、対価はやっぱり大切なもの。 そんな状況なのに、少子化対策とかいって、出産を奨励する国。 子供が増えることはとても好ましいことだし、大歓迎。 それに伴って女性が仕事を辞めざるを得なかったり、 社会に復帰しようと思っても、自分のポテンシャルを生かせず、 結局、思うような仕事をできずに終わってしまう人も多いはず。。。 みんながみんな、キャリアキャリアと思っているわけではないことも知ってる。 でも、はがゆい思いをしている人がいることも事実。 そんなこともあって、勉強してみようかな~と思ったのである。 2006年 05月 23日
今年の後半、この資格を取るためにNPOが主宰する講座を受講する予定である。
キャリアカウンセラーとは何か? 実は、アメリカからこの発想が「輸入」されて10年くらいしか経ってないため、 確固たる定義や然るべき表現が確立されていないようである。 もちろん、国家資格ではない。 試験を行える団体によっては、キャリアカウンセラーという呼び方も様々のようだ。 私がこの資格に興味を持ったのは、 自分の周りで「キャリア」について悩む人が多かったからである。 無論、自分もその一人に間違いはない。 でも、かなり若い頃から、 仕事については、憧れ含め「やり続ける」という意思があったこともあり、 悩むことはあれど、放棄することはなかった。 人に恵まれたことも大きい。 そして、その人たちがチャンスを運んでくれる。 流れに乗れないときもあるけど、振り返ると大方の事がOKだったような気がする。 ここにきて、もう少し自分の中で「何か」軸となるモノがほしいと思うようになった。 そして、もっと「誰かの役に立っている」という実感も感じたいと思うようになった。 仕事じゃなくても、例えばボランティアでもそんな実感は得られるのかもしれない。 でも、やっぱり私は仕事を通じて、何かを得て、還元する事ができたら、と思うのである。 自己満足じゃなく。 仕事で悩む人は多い。 放棄してしまう人もいる。 そんな時、何か「きっかけ」になるような言葉を伝えられたら、と思ったのである。 う~む、やっぱり自己満足になっちゃうのかもしれないけど。 ひとまず、やってみるべし、なのである。 2006年 04月 14日
今、読んでいる本に、子供の思いやりを育てるのに欠かせないのがスキンシップとある。
難しい論文や実験結果などを用いながら、説明されているのだが、 簡単に言うと、「思いやり」は「思いやられる」ことでしか生まれない、ということ。 そして、それは、決して知識でどうにかなるものではない、ということである。 乳幼児が泣く、怒る、笑う、、、という行為に対して、 「あ~はいはい」と言ったところで、子供は「思いやられた」とは感じないだろう。 では、どうしたら子供に「思いやられた」と感じてもらえるか。 それは「共感」することであり、つまり「模倣」することなのだとか。 子供は、何でも親の真似をしたがるし 大人のやっていることを真似る。 でも、それは 「自分が見たことを真似るのではなく、相手がしたことを真似るのだ」とか。 つまり、子供は相手がやってることを模倣することで、 相手の立場に立つことを覚えていくのだそうだ。 そう考えると、肌と肌が触れ合うスキンシップを行うことは、 例えば、柔らかい、優しい、温かい、嬉しい、安心する、、、といった感情を伝える 最大にして一番身近な思いやりの心を育てる方法ということになる。 相手がしたことを真似る…と考えると、 子供にしてあげたスキンシップは、子供が他の人にしてあげられるスキンシップにもなる。 当然、子供が受け取った感情でもって、スキンシップをしてあげるのだ。 それが、思いやりにつながっていくのだと。。。 大人になった私は、さて、どうだったのだろう?と自分を振り返るが、 これからでも遅くない、スキンシップのココロを育みながら、 自分の中に思いやりの気持ちも育てたいと思う。 2006年 04月 03日
カラダが戦っている時に、こう言ってくれた友人がいた。
何だか、スッと力が抜けてラクになった気がした。 その人は、こうも言ってくれた。 「人間はそんなにたいそうなものじゃないから、生かされていると思うくらいがちょうどいい」 あぁ本当にそうだなぁ・・・・ そんな風にしみじみ実感できたのは、 「どうにもならないこともあるもんだ」と思った自分がいたからだろう。 私は、中学時代をとっても厳しい学校で過ごした。 規律もさることながら、 「上へ上へ」「もっと頑張れる」「やればできる」「怠るな」 そんな言葉ばかりに囲まれて過ごした。 幸か不幸か、私はその言葉の通り、頑張る事ができて、 その結果も残す事ができた3年間を送ったのである。 若いときの成功体験というのは、染み込んでいるようで その後、何かにつけて 「もっともっと」「頑張りが足りない」「乗り越えるのだ!」 なんてことを頭の上で唱えながら過ごしていた気がする。 年を重ねた分、そう思える部分と、思わない部分との 取捨選択はできるようになったけど。 でも、やっぱり、そう思い続けることは カラダにも無理を強いる事がある。 もう十分頑張り続けてきたカラダなのだから、 これからは、「お、頑張ってるのぉ」と眺めてあげるくらいの そんな余裕を持って、自分と付き合えたらいい。 大事なときに、有難い言葉をもらえる自分は やっぱり「ちゃんと頑張っている」のであるから。
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